第18話 また、この5人で
帰り道
バイトの帰り道、リサの携帯が鳴った。
駅前
まだ、一緒に話していたあこと燐子のところへも友希那からのメールが届いた。
氷川家 紗夜の部屋
そして、紗夜のところへも…。それは友希那からのメッセージである。「自分の正直な気持ちを伝えたいので、みんなに集まってほしい…」
数日後・スタジオ
友希那は、Roseliaのメンバーたちがスタジオに揃うのを待っていた。メンバーたちは、一体、友希那が何を語るのかじっと見守っている。おもむろに、友希那は話し始める。この前の不適切な態度をまずみんなに謝る。友希那自身、自分の気持ちを自分で理解しきれていなかったこと、また、メンバーたちと自分自身との関係性を十分に認識できていなかったこと、それに対しての謝罪をしたのだった。
みんなが今、一番知りたいこと、その答えとは?友希那の元へ来ていたスカウトの話。それを友希那は断ったのだと告げた。それを聞いて、一同に驚きを隠せなかった。中でも、この件を一番腹立たしく感じていたのは紗夜。紗夜は厳しい言い回しで友希那を責める。見かねて、リサが間に立とうとしたが、友希那はそれを制し、紗夜からそう責められても仕方のないことなのだと告げる。
リサは、友希那のスカウトのことで、親友である自分が友希那の力になってやれなかったこと、ただじっと見守ることしかしてこなかった自分の責任を責める。友希那から少し黙っていてくれるように言われても気持ちがそうさせなかった。2人のやり取りを聞いていても、何が言いたいのか、紗夜の知りたい解答になっていない。紗夜には、友希那の本当の意思が理解できなかった。
紗夜の言うとおり、友希那はこれまで、FUTURE WORLD FES.に出場することのために音楽をやってきた。紗夜も同様に目指してきたわけではあるが、友希那のビジョンには、出場のそのあと、どうしたいのかという明快な目標が見えてこなかった。自分たちは、友希那のFUTURE WORLD FES.に出場のために利用されただけ。そう言い切ってしまう紗夜を、友希那はぴしゃりと制す。
メンバーを探していた時は、確かにそうだった。だけど、メンバーに紗夜が加わり、みんなが集まっていくうちに、父親のために…という当初の思いは薄らいできた。
父親の話はリサを除いて、誰にも話してこなかったこと。長い話にはなったが、友希那は、丁寧にいきさつをメンバーに話して聞かせた。そして、正直な気持ちをメンバーたちにぶつけていった。Roseliaを立ち上げ、私情を隠し、「自分たちの音楽を極める」と偽り、自分のためだけにみんなに嘘をついたこと。こんな自分に比べて、みんなには本物の信念というものがある。こんな自分はRoseliaから抜けるべきなのだと友希那は続ける。
本当に自分勝手な自分だけど、だけど、この5人で音楽がしたい!この5人じゃなきゃダメなんだ!友希那はRoseliaを続けたいと真の気持ちを話す。こんなことをしておいて、都合がよすぎるということも重々分っている。みんなが許さないだろうということも…。
紗夜は、自分の気持ちと友希那の気持ちを重ね合わせ、誰よりも友希那の気持ちがよく分かった。音楽を始める動機というものは、みんな私的な部分から始まることが多い。あこは姉への憧れから、燐子は自分を変えたいという思いから。抱えているものはみんな人それぞれ。どうしても手放すことができないから抱えているのだ。だったら、そのまま進むしかないのではないか…。
紗夜自身もまだ、この5人で音楽をしたかった。みんなの思いは同じ。そしてみんなの当面の目標も同じ。RoseliaとしてFUTURE WORLD FES.のコンテストにエントリーすること。明確な目標が見え、メンバー達に意欲がみなぎってきた。
第19話 前を向いて
コンテスト当日・楽屋
遂に、コンテストの日がやってきた。楽屋では出場者たちの雑談と人混みでごった返している。友希那が言っていたように、書類と音源審査をクリアし、ここに来たが、今日のこれからが本当の意味での本番。リサは、気が引き締まる思いがした。
そのくせ、メンテ用のスプレーを忘れてしまっている!すると紗夜が自分用のスプレーを手渡す。紗夜の態度が、何となく前に比べて刺がなくなったような感じがした。それは紗夜だけでなく、みんなにも言えること。相手のことを思いやる気持ちが以前より強くなったような、そんな感じがしている。あこは、人前が苦手な燐子が気になった。だけど、燐子は、キーボードといつも一緒にいると、何だか守られているような気がすると語る。あこも同じだ。ドラムを叩いているときは、無敵だ!
そばからRoseliaをうわさする声が聞こえてきたが、向こうのテレビにパスパレが映っている。うわさされているのは紗夜の妹の日菜。以前だったら感情を露わにする紗夜なのに、今回は動じる様子もなく、落ち着いている。人混みの苦手な燐子も、すぐに騒がしくするあこすら落ち着いている様子に、リサは成長ぶりを感じていた。そして、友希那の姿を捜したが…。
ライブハウス前
楽屋内を捜し回ったが、外にいる友希那の姿を見つけ、リサは声をかける。念入りな準備をしているかと思えば…いくら準備をしても、なるようにしか、ならない。練習は裏切らない。どんな結果が出てもそれが全てだと友希那は言う。これまでいろいろなことがあったけど、全てを自分の言葉でみんなに公表し、受け入れてもらった。心の中に嘘偽りはない。晴れ晴れとした気持ちで今日のコンテストに臨んでいる。友希那はごく自然に、リサに対して「ありがとう」の言葉が出てきた。
楽屋
5分前。いよいよ出番である。リサだけが、妙に緊張しているように見えるが、だいじょうぶだろうか?みんなはちょっと心配になる。リサは本番前だというのに、緊張感が払拭できていなかった。みんなに比べて経験も、練習量も、圧倒的に足りない。もし、自分がみんなの足手まといになったら…今までのみんなの努力が水の泡となってしまう…不安だ。ちゃんと演奏できるかどうか…。うつむき加減だったリサに、紗夜が声をかけ、ハッとする。しっかり前を向いて、ちゃんとステージと向き合わなきゃ!!
ステージ
ステージに上がり、紗夜は感じていた。今までにないこの気持ち。こんなに穏やかな気持ちになったことは後にも先にもなかった。友希那も、何も考えず、ただただ夢中で歌うだけ。リサは緊張感も解け、いつも以上の演奏になったという手ごたえを感じた。あこも燐子も、Roseliaが、メンバーそれぞれの思いを充足させてくれていることに気が付いていた。
第20話 もっともっと、これからも
ファミリーレストラン
FUTURE WORLD FES.のコンテストでの演奏も無事に終わり、メンバーたちは、ファミリーレストランに来ていた。友希那も紗夜も、普通なら来ない場所なんだけど。今日は特別な日。クールとはいえ、いつもより気持ちも高揚していた。あこはいつもの定番メニューを希望する。クールな2人も暗黙の了解。5人分を燐子が注文することになった。「スーパーやけ食いセット、5人前」…コンテストの結果はこういうことだったのだ。
コンテスト 結果発表
有力候補として前評判もよかったのだが、結局Roseliaは入っていなかったのだった。こんなに努力して、時間を惜しんで誰よりも練習して、この日に臨んだのに、Roseliaは落選した。一体どういうことなのか、みんな納得がいかなかった。講評によれば、限りなくトップに近いレベルだったが、結成して間もないこともあり、このコンテストでは入賞してFES.に出るのではなく、優勝してメインステージに立ってほしいという思いがあったのらしい。
Roseliaはまだ若い、それにビジュアルもいい。きっと話題にはなるだろう。でも、このジャンル、シーンのためには「今」じゃない。結成から日も浅く、短期間の練習でとても荒削りなのに、人を魅了する力を持っている。Roseliaには、伸びしろがありすぎる…。来年もう一度、成長した姿を見せてほしい。そんな内容だった。
リサは、結果的には落選したけれど、審査員から認めてもらえたし、決して悪くはないのではないかと話し始める。だけど、紗夜は認めたくなかった。友希那も同様に、このジャンルを育てていきたいというのなら、Roseliaを優勝させて、もっと大きな活動の場を自分たちに与えるべきではないのかと考えていた。あこもすごく悔しい思いをしたけど、だけどそれがどうでもよくなるくらいに、みんなで演奏できたことが楽しかったと回想する。燐子もRoseliaで音楽に没頭している時が一番充足感があったと控えめに話す。
紗夜は、この3人の思いに賛同することができなかった。何のためにこうして練習してきたと思っているのか…。友希那も、Roseliaは自分たちの音楽を極めるために、自分に厳しさを課して、やってきたのではないか。友希那は、どんなに演奏を認められたとしても、父親の立てなかったステージで歌うまでは、自分で自分を認めたくなかった。
こうやってみんなで、あれこれ話しながら食事をしていると、ファミレスの客が、紗夜に声をかけてきた。「もしかして、パスパレの日菜ちゃんのお姉さんですか、すごく似ているので…」と。紗夜は、これからも日菜の存在から逃げることはできないのだ…これは友希那の場合と似ている部分でもある。
リサは、友希那が父親のことを笑って話せるようになるまでは、親友として、そばにいて力になりたいと思った。そして、目標が達成できる日まで友希那を支え、見守っていきたいと強く感じた。そして、紗夜と友希那には、さらに、もっともっとみんなで音楽を創り上げていくことを楽しいと感じてほしいから、このバンドを続けていきたいと思った。
燐子はこのメンバーで、FUTURE WORLD FES.に出たいと思っていた。…それを目指してきた今までが…とても楽しいものだったから。あこも紗夜から言われた「あこだけのカッコいい」の意味が少し掴めた感じで、次は優勝に近づけるような気がした。
思いはそれぞれ。だけど、「来年もコンテストに出て、そして、優勝する」という部分では、みんなで思いを共有できる。これから先も、目標に向かって、みんなで同じ方向を向いて一緒に頑張っていける。まだこの席で、みんなで先のことを話していたい気分だったけど、早速紗夜は、再び時間を無駄にしたくないからと席を立つ。そして、友希那もいつものように「Roseliaに馴れ合いはいらない。友達ごっこがしたい人は、今すぐ抜けてもらう」と言うけれど、その言葉の響きに、どことなく温か味があった。
コメント