第11話 未知数の存在
翌日・芸能事務所レッスンスタジオ
努力が必ず夢を叶えてくれるわけじゃない。昨日の千聖の言葉が彩の中で甦ってきた。考えてみたけど、他にどうやって夢を叶えたらいいのか彩は、分らなかった。みんなの心にも千聖の言葉は、しっかりと響いていた。やらないよりはやった方がいい。一度やり始めたことを途中で止めたりしたくない。そんな思いで、みんなレッスンスタジオに集まってきていたのだ。
少し遅れて日菜もレッスンスタジオにやってきたけど、日菜の理由はみんなと違っていた。日菜は自分のことを、努力しなくてもすぐに何でもできてしまう。それに、できない人の気持ちが分からないとあっさりと言ってのける。だけど、麻弥からバンドは他人と組むものだからと教えられ、他人の存在を意識するようになったと話す。そして、他人って分らないことだらけだからおもしろいと思ったのだと続ける。特に彩のようなタイプの人間が。
彩は何回練習しても同じところでミスするし。人よりもたくさん練習しているのになぜなんだろうって。自分ならできるのに、考えてもこのことがどうしてもわからないのだと日菜は続ける。他にも、なぜできないのにこんなにめげないんだろうとか、彩が普段何を考えているんだろうとか、考えれば考えるほど、ますます分らなくなって、でもそれがおもしろくて…と彩を前にして、歯に衣着せずに、ストレートに話す。
それが分からなくて、考えてばかりいたら、彩のことがすごく好きになってきたんだと日菜は続ける。他人っておもしろい!確かに自分とは異なる他人という存在に注目すればするほど、自分との違いが明確になってきて、興味深いものではある。イヴは、日菜の話を聞いていたけど、少し理解しにくい部分があった。
日菜は続ける。彩は自分にとって、未知数の存在。未知数だからこそ、おもしろくてずっと関わっていたくなる。「他人」が日菜自身の原動力になりつつあるのだ。その最たる存在が彩なのだ。だから、日菜はそのおもしろさを感じるためにここに来ているのだと説明する。これからも続けるつもりらしい。彩はおもしろいから好き、彩は絶対にメゲないし、頑張るところも日菜自身と異なっていて好きだと、率直に言いたいことを言う。
それを聞いていて、彩は何というか、すごく複雑な気分になっていた。日菜から褒められているわけじゃない…。だけど、麻弥は、彩の言葉から勇気をもらったのだと語り始め、努力は絶対に無駄ではないと話す。イヴも、彩の努力は絶対にムダじゃない、その証拠に以前よりもずっと上手になっていると続ける。
このみんなの言葉に、彩は心を打たれ、嬉しさで涙がこぼれた。自信をなくしている時は、そんな風に語りかけてくれると嬉しいものだ。しかし、それを見ていた日菜は、なぜ彩が泣いているのか理解できなかった。とにかく相手の気持ちがうまく理解できず、ストレートすぎる日菜の物言いに、おたおたする麻弥だった。
第12話 再スタート
数日後・駅前
彩は、演奏が少しずつ上達してきたという手ごたえは感じていたが、今の自分に何かできることがあるのではないかと考えるようになっていた。あの時、ステージで音響が止まった時、何も言えなかった、何もできなかった自分を思い出し、何もせずに後悔するようなことはもうしたくないと思っていた。
芸能事務所 会議室
よいことを思い付いた彩は、さっそく芸能事務所でスタッフに相談してみた。ライブイベントのチケットをパスパレのメンバーで手売りするというのはどうか?お披露目イベントで、パスパレはもうダメだと思っている人たちがたくさんいるだろう。だから、再スタートしたパスパレをもう一度みんなに知ってもらうために、チケットを手売りしたい。
芸能事務所 レッスンスタジオ
スタッフからGOサインをもらい、彩は、パスパレのメンバーにその計画を話す。チケットの手売りは、直接的に客と接する機会になり、再スタートしたパスパレを直に見て、知ってもらうことができる。パスパレのメンバーも彩の説明を聞き、みんな賛成してくれた。
駅前
彩たちは、駅前に移動した。これから手売りする場所は、事務所が運営している劇場前である。彩は深呼吸をし、気持ちを落ち着けて、大きな声を出して、ライブチケットの販売を開始した。
通行人が、過去のパスパレのうわさをしている。何を言われても仕方がないこと。それを承知の上で、彩は大きな声を出して、売り込みを頑張っている。
1時間後
麻弥もイブもたちも頑張った。ずっと売り込みを頑張った。
芸能事務所 会議室
みんな協力して、ライブチケットの手売りを頑張ってみたものの、結果は芳しくなかった。やはり、あのステージでのハプニングは致命的だったのだ。手売りしても良い反応はなかった。みんなこれまで一生懸命に練習を重ねて、ライブに出るところまでこぎ着けたのに、パスパレのことはもう忘れ去られてしまったのだろうか…。
彩は、ちっともへこんでいなかった。パスパレが忘れられているのなら、思い出してもらえばいい。実際に手売りして、客と顔を合わせ、パスパレの存在をもう一度知ってもらえたわけだから。ここで諦めて後悔するのはイヤなのだ。彩は、どんなことが起こったとしても、もう一度ステージに立ちたいという思いをさらに強くしていた。
芸能事務所 廊下
千聖は、駅前で彩たちがチケットの手売りをしていたのを見かけ、彩は本当にメゲない子だなと思っていたが、今は率先して練習を頑張っている、そんな彩の逞しさが垣間見えた。
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