第16話 目指す先は同じ
帰り道
麻弥は帰り道、聞きたいことがあって、千聖に声をかけた。千聖の「努力の捉え方」について合点がいかなかったのだ。千聖は自分の考えを述べた。
「努力」は、悪いことじゃない。むしろ「努力する」ことが大前提だから、敢えて「努力してます」と前面で誇れるものでもないと考えているのだ。もし、「努力」だけを信じて進んだとして、それがうまくいかなかったら、その先何を信じて進んでいけばいいのだろう?だったら、より確かなものを信じて進みたい。つまり、事務所のバックアップや周囲への根回しなど、成功を手に入れるために考えられること全てを信じられる確かなものにしていくことも大切。
千聖の考え方を彩に理解してもらおうと思ったとしても、きっと一生理解できないかもしれない。では、なぜ千聖は「努力を信じる」ような道を選んだのか?麻弥は千聖の考えがもっと知りたくなった。
彩をそばで見ているうちに、「努力」を信じてみたくなったのだ。あんなに何もできず、本番にも弱くて、すぐ泣くような子なのに気になるのはどうしてだろう、本当に不思議だと千聖は話す。
麻弥は、千聖の言うことがあまりにも辛辣すぎると思った。だけど、麻弥自身も彩から勇気をもらって今ここにいるのだ。彩という人物は、人を変える不思議な力を持っているのかもしれないと続ける。
数日後・芸能事務所レッスンスタジオ
本番までの時間は限られている。だから、もっとやるべきことを精査して取り組まないと、と千聖。そして、それも大事だけど、さらに個人練の時間も作った方がいいのでは、と彩。パスパレはバンドなんだから、最終的に合わさった音が結果。もっと全体的な見え方を気にしないとダメなんじゃないか、と千聖。2人の考え方の相違から、なかなか同じ方向性を導くことができないでいる。言い合いになっている場面に遭遇して、イヴは、このケンカ、大丈夫なんだろうかと心配する。無論、ケンカなんかじゃないんだけどね。
結局、彩は理解を示し、明日からは全体練習を中心にしていくことになった。個人練習の時間が減ることは確かだけど、どこかで個人練習に充てる時間を自分で見出せばいいだけのこと。彩は納得し、明日からの練習も頑張っていくことに同意を示した。
彩と千聖が目指しているものは、同じものだったのではないかと彩は思う。ステージにもう一度立つこと、ステージに立って、ライブを成功させること。ゴールは一緒なんだけど、ただそこへたどり着くために選んだ道が千聖と彩で違ったのではないかと、彩は話す。向かう先が同じなら、きっと二人ともこれからもうまくやっていけるはず。
それを聞いて、千聖は、彩がようやくそれに気づいてくれて嬉しいと話す。もしかして、一生気づかないかもしれないと思っていたところだったから。本人の前で、えらく辛辣な表現だ。だけど、千聖はこころから嬉しいのだ。個人練習のメニュー1つとっても、こんなに言い合うくらいに2人は何もかもが真逆。それが、ある程度の一致点を見出したわけだから。
麻弥も日菜も、2人のやり取りの様子を見ていて、今度こそパスパレがうまく行くという確信を持った。
第17話 あなたなら、どう進む…?
数日後・芸能事務所会議室
会議室では、麻弥がスネアとスティックがぶつかった時の感触について熱く語っていた。すると、千聖が練習再開の合図を出す。千聖は、周りに気を配り、麻弥の楽器の知識の深さについて褒めつつも、予定通り練習メニューが進むようにいつも声かけを怠らない。
本番まであと数日となった。バンドの雰囲気は今までで一番いい感じになってきた。千聖は、言うべきは遠慮せずに言う。それが後々のパスパレのイメージアップにつながることであれば何でも。そして、千聖は、麻弥に意見する。麻弥ほど楽器に詳しいアイドルというのはなかなかいないだろうから、その長所は存分にアピールすべきだ。だけど、ただその麻弥の癖になっている笑い方の「フへへ」は止めた方がいいと。いつだったか彩にも注意されたことがある。
本番まであまり日数もないが、トークの練習もしておいた方がいいかもしれない。自主練のメニューを調整してみて、可能であればメニューに組み込んで練習をしておいた方が安心だ。
そんなことを話していると、会議室にスタッフが入ってきた。当日のライブの流れについての打ち合わせだった。スタッフはメンバーたちの地道な練習やチケットの手売りなど評価してくれた。そして、次のライブでは、お客の期待に応えるべく、生演奏でステージに立ってほしいと要望する。パスパレとしては望んでいたところである。
しかし、ここでスタッフは口ごもり、言いにくそうにしているのだが…彩に対し、ボーカルは以前録音したものを使わせてくれと言う。パスパレの評判や期待感が高まっていることは事実ではあるが、次のイベントには様々なグループのファンもいるため、以前のお披露目ライブのようにヤジも飛んでくるだろう、そうした時に再度歌えなくなってしまうというのはとても危険なこと。彩は他のメンバーに比べて極端に本番に弱いからと。
他のメンバーは一生けん命に食い下がり、彩のこれまで練習ぶりをアピールする。そもそも突然音が止まっても演奏を続けられるようにしようという理由で、練習がスタートしたのだということをスタッフは、忘れているのか?また音が止まったら一体どうするつもりなのか?
ライブにおいて、様々なリスクは想定している。彩が動揺を隠してライブをやり通せることが、バンドとして最も安全で確かな道であるとスタッフは判断したというのである。
みんなを事務所の大切なアイドルとして思っているからこその決断…。
彩は、これを聞いてショックだった。誰よりも頑張って練習を重ねてきたのに…。彩はその場にいることができず、会議室を飛び出した。
彩を動揺させないための策が、今こうして彩を一番動揺させている、何かの冗談のつもりなのか?と千聖はスタッフに詰め寄った。「すまない」と謝り、スタッフは静かに会議室を後にする。
信じていたものに裏切られそうになった時、あなたなら、どう進む?
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