第18話 私らしく
芸能事務所 レッスンスタジオ
パスパレになってから、どんなことがあっても毎日通ったこのスタジオ。ここは、彩にとっては唯一の居場所だ。彩を心配して、千聖がこのスタジオにやってきた。千聖には分っていた。努力と練習が好きな彩は、きっとここにいると。
彩は、これまでの3年間を思い出していた。デビューすることを夢見て、小さなアイドルユニットの研究生を3年間必死に頑張ってきたのだ。今年、デビューできなければ、卒業しなければいけないのだ。そんな時にパスパレに加入することが決まった。その時、彩は努力すれば夢は叶うものだと思えた。努力した分は、形になって、また自信になって返ってくるのだと。
彩は、自分にさほど才能がないということにも気付いていた。だから、努力を積み重ねることでしか、前に進めないのだった。本当にそれ以外何もないのだから…。何度同じところで間違えても諦めたくなかったのだ。
努力していれば、夢は叶うんだと信じて、彩はこれまでやってきたけれど、今日は、スタッフから、本番では歌うことを禁止された。努力すれば夢は叶うというのは、間違っていたのだろうか…?今まで信じてやってきたことが、彩の中で全部崩れてしまった気がして、彩は耐えられなかった。
彩は千聖に問う。もし、アイドルとして成功するためなら、本番で歌うなと言われても、それをすんなりと受け入れられる?
努力だけでは、どうにもならないこともある。だから、千聖は成功するためにもっと確かな道を進むことを選ぶのだと話す。もし、歌わないことでライブが成功するのなら、千聖だったら受け入れるかもしれないと続ける。だけどそれは、千聖の場合の話だ。千聖は、彩を少しは理解したつもりになっていたけれど、それはどうやら思い違いだったようだと厳しく告げる。
「自分らしくアイドルを目指したい」といつか言ったあの言葉…。千聖の知っている彩という人間は、愚直に夢を追いかけ続ける人間。自分がしてきた努力を信じて、絶対に諦めないという信念を持った人間。もし、本当に夢を叶えたいと強く思っているのならば、どんなことがあろうとも、これまで貫き通してきた自分の信念を裏切ってはダメ。どんなことがあろうとも、最後まで自分らしく「丸山彩」でいなければダメ。厳しいけれど、それだけをアドバイスし、千聖はスタジオを出て行った。
弱きになり、諦めの気持ちでいっぱいになっていた彩の心の中で、何かが変わった。
芸能事務所 会議室
会議室では、イブが彩のことを心配していた。でも、彩はアイドルだし、そう簡単には諦めないというのが彩その人だからと、大して心配していないようにもみえる。どんなことがあっても絶対にメゲず、いつも一生懸命で、自分の夢に向かって突き進んでいく、そして自分を貫き通そうとする彩の姿が本当にキラキラ輝いて見えたと麻弥が話す。アイドルというのは、大きな音楽のジャンルとか芸能のジャンルとも異なり、その人の生き方を指す言葉なのではないかと麻弥は考えていた。
夢に向かって、自分を貫き通す姿が彩を輝かせている。そして、それが心地よく周囲へ影響を与える…。そんな彩だから、今回もきっと大丈夫だろうと、麻弥たちは思うのだった。
第19話 もう一度、チャンスをください!
イベント当日・楽屋
遂にイベント当日がやってきた。楽屋裏は、今回は失敗が許されない。緊張感と共に慌ただしく立ち回るスタッフの姿があった。もうすぐ出番を迎えるパスパレのメンバーたちも気の引き締まる思いをしていた。彩もまた、自分のやるべきことをしっかりとやろうと心に決めていた。
楽屋ではスタッフとパスパレメンバーとの最終打ち合わせに入った。彩は思い切って、スタッフに歌わせてほしいと訴えた。
スタッフの言う通り、本番に弱い彩だが、この日を成功させるために一生けん命に努力してきたと話す。練習を重ねるたびに失敗もなくなり、苦手だったところも克服できた。そして少しずつ自信もついてきた。今日まで積み重ねてきた努力が今の自分を作り上げている。自分には才能がない、だから努力するしかなかった。それが分かっているから必死になって努力してきた。だから、その努力を打ち消すようなことだけはしたくない。自分から努力を除いたら、それはもう自分じゃないのだ!観客にはそんな自分をちゃんと見せたい。だから、もう一度チャンスがほしいと。
当日になって、突然そんなことを言われても対処できるはずがない。しかし、彩の努力を目の当たりにし、それをよく知っているイヴは、彩が歌えるようにと、真剣にスタッフに訴えかけた。そして、麻弥も日菜も同様にお願いをする。千聖も、失敗は許されないステージであること、彩の生歌唱はリスクが大きいことも全部承知の上でお願いしているのだとスタッフに訴えた。
それを聞き、スタッフは即答は避けたが、調整してくれることになった。みんなで一丸となって、このイベントを何が何でも成功させる。そんな強い気持ちがみんなの心の中に湧き起こってきた。
第20話 本物の「アイドル」
舞台袖
いよいよ出番が迫ってきた。彩の強い訴えも聞き入れてもらえた。あとは全力でぶつかっていくだけだ。彩はいつになく緊張感で表情もこわばって見えた。本当に、本番に弱い彩だが、またそれも彩らしいのかもしれない。
スタッフからスタンバイの声がかかり、いよいよ始まる!!彩は元気にみんなに声をかける。
ステージ
彩の緊張もステージが進むと共に徐々に薄らいでいく。最初は固かったけれど、歌もちゃんと歌えているし、この分だとたぶん大丈夫だろう。
観客席から予想していたとおり、口パクか?今音外したから、本当に歌ってる?本当の生演奏だ!そんな声が聞こえてきた。彩は歌が終わり、みんなに前回のステージで歌も演奏もしていなかったことを詫び、本当の演奏を聴いてほしくて精一杯練習してきたことをみんなに伝えた。観客席からは彩を始め、パスパレのみんなを応援する声があちこちから聞こえてきた。
冗談交じりの「音外してたぞ~」の声に、少し対応できなくなりかかった彩のすぐ横に千聖がきて、話をつないでくれた。その場を何とか切り抜け、会場からは笑いが巻き起こる。メンバー一人ずつが、ショートコメントを発する。それが観客にまたウケて、好感度もアップした。
会場の雰囲気が大きく変化したのを彩もみんなも感じた。そして、千聖に助けられながら彩は頑張った。
楽屋
このステージが大盛況に終わり、ほっと安堵するメンバーたち。最高の演奏ができたこと、観客に喜んでもらえたこと、みんなで助け合い一致団結してステージを盛り上げ、成功に導くことができたこと。やっとパスパレの先が見える…。いろいろな思いが胸中を巡った。
「やっぱり彩はアイドルだ!」という麻弥に、思わず嬉しさが隠せない彩だった。自分の夢に向かって、自分を貫き通せる、そんな強さを持っている人…それがアイドル。ライトを浴びた彩は、いつもよりもっと眩しくて、キラキラしていて、本物のアイドルだった…。感動を胸に、彩は涙がこぼれた。泣き虫の彩。だけど、今日はいっぱい泣いたっていいよ。だって、最高のライブだったから!!
彩は、これまでいつとなく助けてくれた千聖を始め、メンバーのみんなに感謝する。千聖は、最後まで彩を信じてよかったと思っていると告げる。喜びでいっぱいの楽屋では、イヴが親愛の証であるハグをしようと待ち構える。そして…。
湧き上がる感動とみんなへの感謝の気持ちを忘れず、今後も5人での最高のステージを造っていってほしい。そして、これからもしっかりと前を向いて自分の信念を貫き通して頑張っていってほしい…。
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